2017年7月、最新の平均寿命が発表された(時事ドットコム、7月24日)。日本は男女とも過去最高で、男は80.98歳、女は87.14歳で、ともに世界2位。1位は男女とも香港である。それによると、65年には、男は84.95歳、女は91.35歳になると予想されている。個人がこんなことを知っても、なんにもならないのだが。

「長寿大国ニッポン」になったけれども

 20年前、日本がスウェーデンを抜いて長寿世界一になったとき、マスコミは「長寿大国ニッポン」と自画自賛した。もちろん近代医療によって乳幼児の死亡率が減ったり、それまでの死の病いが克服されたりして、個々人の寿命が伸びたことは無条件に寿ぐべきことである。しかし「長寿大国ニッポン」の「大国」という表現には、外国人、特に欧米人から認められることを欲している後進国日本が、世界で一番長生きの国になったんだと大喜びをしている情けなさが入っていたように思われる。

 しかも、その長寿(平均寿命)には、寝たきりの人も入院している人も全員が入っていて、諸手を挙げて喜ぶべきことでもないと分かり、しかも「長寿大国ニッポン」は「老人大国ニッポン」にもなったわけで、この老人たちがとんだ金食い虫になったのである。国も国家予算のなかで高齢医療費が膨大な額になるということが分かって慌てた。

 しかも当のじいさんばあさんたちは金を使わない。もう欲しいものがないのだ。いやお金だけはまだ欲しいらしく、怪しげな投資話や振り込め詐欺にかかっては何千万円もなくしてしまうものも出てくる。あとの小金持ちたちは子や孫のためにしか使わない。で、いまさら、大切なのは平均寿命ではない、自由に動ける体力を維持して日常生活を送ることができる健康寿命だ、などと言い始めた。

 長生きなんかどうでもいい、と私は思っているが、だからといって、いつ死んでもいい、と思っているわけではない。こんなことが言えるのも、私はまだしばらくは死なないだろうと高をくくっているからである。体力や筋力の衰えはしかたがない。しかし大病になる予感はいまのところない。いささかの不調の自覚はないでもないが、健診を受けていないから、体の内部がどうなっているかはまったく分からない。

 まだ不自由なく歩くことができる、自転車にも乗れる、介護保険は払っているが、希望的観測として、自分がそれを使うことはないだろうと思っている。物忘れは頻繁だが、認知症にもならないだろうと思っている。つまり生きている限り、なんとか現状のままいけるのではないか、と楽観視しているのである。こんな楽観にはなんの根拠もない。しかしこのほうが、サプリメントを摂取したりフィットネスクラブなどに行くよりは、一文もお金はかからないし、楽である。

●長生きしようがしまいが、同じ死はない

 作家で医師の久坂部羊氏は「実際の長生きは苦しい」といっている(『新潮45』2017年6月号)。「できるだけ長生きしたいと思っている人は、たいてい元気なまま長生きできると思っている」。恥ずかしながら、私である。しかし「高齢者医療の経験が長い私には、それが夢想であることは明らかだ。実際の長生きは苦しい。身体が弱り、機能が衰え、生き物としてどんどんダメになっていくのを、日々実感するのが長生きなのだから」。「むろん、元気で長生きな人もいる」が、それは「宝くじを買えば一億円当たる人がいるのと同じ」。

 これに関しては多くの異論が存在する。一例として、元は群馬大学の外科医で、現在は緩和ケア診療所を開いている萬田緑平医師はこういっている。「僕が思う理想の死に方は、ピンピンコロリではなく、『ゆっくりコロリ』『じんわりコロリ』です」。萬田医師は、こう続けている。「(それは)決して難しいことではありません。身体に任せればいいだけです。余分な治療、余分な食事、余分な点滴……。そういったものをやめるだけで、多くの人が苦痛から解放され、ぎりぎりまで『ゆっくり』『じんわり』生き抜くことができます」。ただしこういうことも付記している。「すべての看取りにはそれぞれのドラマがあり、一つとして同じものはありません」(『穏やかな死に医療はいらない』朝日新書)

 つまり、長生きしようがしまいが、同じ死はないということだ。それでいい。私たちはどんな最後を迎えるかを選ぶことはできない。どんな医療を受け、どんな死に方を望むのか、を選ぶことができるだけである。ところで、久坂部羊氏は近藤誠氏と同じことを言っている。「甘い言葉で誘惑し、ときには不安を煽り立て、偽りの希望と安心を蔓延させて、無用な検査や健診を受けさせ、健康な人間を病人に仕立て上げ、効果も定かでない薬や健康食品を売りまくる。すべては長生き欲につけ込んだ悪辣な商法だ」と。

●健康寿命、男性71歳・女性74歳のウソ

 平均寿命には寝たきりの人や認知症の人でも、長寿であれば数に入っているから、手放しで喜ぶべき数字ではないということが分かり、自分で自分の面倒がみられる元気な長寿でなければ意味がないということで、「健康寿命」が注目を浴びている。さっそく、通販業者たちは、「健康寿命」を強調し、健康サプリメントや室内ランニングマシンを売り込もうと必死である。

 私は元々世界一の長寿国のなにがうれしいんだ、と思っていたから、平均寿命などに興味はなかった。劣悪な生育環境で乳幼児の死亡が高く、最新医療も広く普及していないがゆえに、あるいは戦争で若者が死に、空爆で民衆が大量に死ぬがゆえに、その国の平均寿命が極端に低い、というのでもないところで、2、3歳の平均寿命の差を争って、どんな意味があるのだ、と思っていたのである。

 そんなところに健康寿命である。そういうことだったのか、と思い、いくら平均寿命が上がっても、健康寿命でなければ意味がないと納得できたのである。ところが、ここにもへんな計算がでてきた。男の健康寿命は平均寿命から9歳マイナス、女は12歳マイナスになるとされたのである。ということは男の平均寿命は80歳だから健康寿命は71歳、女は86歳だから74歳ということになる。あまりにも早すぎないか。世間を見渡せば、男女とも80歳をすぎても元気な人はうじゃうじゃいる。しかし、その健康寿命の計算によると、私は、来年が自分で日常生活を送ることができる最後の年となる。

 実際はこうだ、と言っている人がいる。「本当の健康寿命は、男性82歳、女性は85歳」(ITmedia ビジネスオンライン、2016年6月6日)を書いた川口雅裕という人である(老いの工学研究所研究員)。川口氏はこういっている。「健康寿命が男性71歳、女性74歳と聞いて違和感を覚える人もいるのではないだろうか」「実際、仕事場・スーパー・夜の居酒屋・休日のハイキングなどで元気な高齢者は、日常的に目にすることができる。男女とも70歳代前半で『健康寿命が尽きる』というのは、あまりに実感に合わない」。まったくそのとおりである。

 健康寿命の考え方や統計の取り方は面倒だからここでは省くが(川口氏はきちんと説明している)、彼によると正しい数字はこうである。「要するに、一般に認識されている意味の『健康寿命』は、2010年時点で男性が82.2歳、女性が85.5歳なのである。(中略)介護を要する期間は男性:2年弱、女性:3年半程度という事実である。70歳代前半で健康寿命が尽き、10年も介護状態になるというのは事実とは全く異なるということだ」

 私は十分に納得する。しかし、これもまたただの数字である。知ったところで、意味はない。結局、自分が元気なままでどこまでいけるかだけである。平均寿命も健康寿命も、個人が生きていく目安にしてはならないと思う。平均までは生きたいと思うのは人情であるが、意味のあることではない。平均を超えたから得をした、達しなかったら損、と考える人がいるなら、それはさもしい考えである。

●ただ元気で生きてくれさえすれば

 地元のショッピングモールで、息子さんの両手を引いて、150メートルほどの長い通路を往復しているお父さんがいる。最初に見かけたのはもう何年も前になる。息子さんは十代後半だと思うのだが、スティーヴィー・ワンダーのような黒メガネをかけた顔を天井に向け、小さな歩幅で傾きながら歩いていく。お父さんは私と同年配くらいだろうか。平日の午後、週に何度も見かけるから退職はしていると思われる。お母さんは車いすを押して、2人のあとを付いていくか、テーブルがある席で待っているかしている。

 こんなことを勝手に書いて、そのご家族に申し訳ない気がする。しばらくそのモールには行っていなかったのだが、先日また見かけて、まだやっていたのか、と驚いたのだ。もう何年間も続けているに違いない。彼の歩調は以前より少し速くなっているようで、多少は改善したのか、よかったな、と思った。彼の状態がもっとよくなるといいと思うが、気になるのはご両親のほうである。息子さんの疾患がどういうもので、家族がどういう状態なのか、むろんなにも分からない。

 もしかしたら、一般家庭よりよほど明るい家庭なのかもしれない。お父さんは交友が広く、酒を飲むのが楽しみで、お母さんはなにか熱中できる趣味をもっているのかもしれない。それでも自分たちがいなくなったら、この子はどうなる? という心配は消えないだろう。お金や健康は自分のためというより、子のために絶対に必要なのだ。状況はそれぞれ違っても、「充実」だの「生きがい」だのというぜいたくとは無縁な、このような心配を抱えた家族は少なくないのではないか。

 生きがいというのなら、両親にとって子どもの回復が生きがいなのだろう。生きてくれさえしたら、元気になってくれさえしたら、普通に生きていくことができさえしたら、という最低限の願いは、最大限の願いでもあるのではないか。私はぜいたくなことはいうまい、と思う。

(勢古浩爾)

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